20150624

夏至の花







22日は、夏至だったようです。


通りで日が長くなっていた訳です。


海昇海落なので、ずいぶんと広い角度で空を駆けているのが分かります。


300度位あるようにも感じます。



給食でたこ飯がでました。夏至に因んだ三重県の郷土料理らしいです。


稲がたこのように(8本足で)しっかり根付くようにとのことですが、


たこの足って、けっこうふんばり効いてないんじゃないでしょうか。





梅雨の切れ間に、仲間が還ってきました。


いや、彼が太陽を運んできてくれたというべきでしょうか。


この島では、生と死はとても身近にあります。




輝く生は、時に暗い影をかくす。


死があるからこそ、生がより色鮮やかに。


霧の季節は、青ヶ島の碧を育みます。


2週間もすれば、また新しい草花が芽吹いている。


自然は立ち止まらずに、移ろい続けます。


親友から嬉しい知らせが届きました。


ふっとい志をもって、強く優しく生を全うしてほしいです。


他にも、嬉しい便りが届くのですが、つい返事を返しそびれて、


気づいたらもうすぐ7月。今頃は期末テストでしょうか。


きみなら大丈夫。昔から、頑張る力があったから。





さて青ヶ島は、もうすぐ、百合の季節です。





そして、プール開き。


夏休みまで、何回入れるでしょうか。



「 おいしいな ガツンとみかん 夏休み 」



子どもの感性が光ります。


夏はもうすぐそこです。






20150608

6月7日と十力の金剛石







6月7日は、



「いろいろなことを、ちゃんとしなきゃな」と、一年で一番想う日だ。


親しい人、懐かしい人、疎遠にしている人、ずっとずっと疎遠にしていた人、


旧知を温め、今の自分の立ち位置を確かめる。


さびついていたスペイン語脳にも油をさし、


自分が大事にしていたものを思い出しながら、ほこりを払っていく。


母や父への感謝。


そして、己の無精さに嫌気がさすも、それでも温かい人のつながりに



今日も背中を支えられる。



ちゃんと返事を書こう。ちゃんとつながっていこう。


と、心底思う。










今朝も目を覚ますと窓を雨粒がたたいていた。


最近、朝方はずっとこうだ。ずっと梅雨っぽい。


サッカーの練習に体育館へ。



この1年間で、子どもたちは本当にうまくなった。


限られたメンバー、限られた環境の中で、キセキ的に上達している。


だから、こっちも欲が出てきて、勝つための練習を始めたりしてしまっている。


そして、サッカー熱が高まるにつれて、何だかチームとしてのまとまりが、、


温度差といってもいいだろう。


これはよろしくない。サッカーを楽しむことを忘れていないか。


がっつり勝つための練習を始めてる自分、「もっとちゃんとしよう」




サッカーは「あそぶ」ものでしょ。ちゃんとあそぼう。




僕たちが取り戻す「栄光」とは、守るべき「誇り」とは。


自分がここでやりたかったことは。友の意志を継ぐことだ。


伊豆諸島のW杯、アイランドリーグまであと、2ヶ月を切っている。






さて午後、村を歩く。



給食で使えそうな桑の実を探すが、どれも熟しきれていない。


ガクアジサイの花がとてもきれいだ。


一方で、一時隆盛を極めたドクダミの勢いに陰りが見られる。


ゆっくり歩くと自然の変化がよく分かる。


1〜2週間で装いか変わる。ちょっとシゴト忙しいな〜が続くと、


もう同じ景色はやって来ない。ちゃんと焼き付けておかないと。


神子の浦からの眺めは、大洋を感じさせる。


くずれかけた崖の岩肌には、アジサイの白い花弁が美しい。


Tさんがいつものようにマイ鎌をもって、草むらから現れた。


「かんも」をやると、土中に埋めてあった芋をくれた。


枝豆のようなものが地面から伸びている。大根の種はこうやって取るのか。


散歩から戻ると2時間近く経っていた。でもあんまり疲れはない。


ツマと人混み疲れを思い出す。そういえば今日お金を使っていない。


トビウオをさばく。しばらく冷凍していたので、味はどうだろう。


パスタとカルパッチョ、骨身は塩焼きにしてみた。


よし、うまい。多少くさみがあるのは、鮮度の問題か。


魚をもらったらすぐにちゃんとさばかないと、もったいない。




先日届いたアイスコーヒーの豆をひき、ドリップする。


ちゃんとした手続きを踏んで味わう。


ツマが贈ってくれたマグカップは、たたくと澄んだ響きがある。



島はもうすぐ、濃い霧に包まれます。文字通り。



整備工場のRさんは、「梅雨が一番好きな季節だ」と言っていた。



「だって霧が晴れた時の太陽のまぶしさ。最高だね〜」


そういう生き方、最高だ。


ちゃんと目を凝らせば、其処にある輝きにちゃんと気付くはず。


王子の足元に、十力の金剛石があったように、


いつだって、それはそこにあるのだ。





「生きてるって感じがするよね」と、Rさん








やがて来る夏を待とう。












20150406

4月5日は二度来ない













島の丘陵のなだらかな斜面に、さわやかな白が現れ始めると、


今年もやっぱり訪れていた、春を感じます。


「ああ、あんなところに桜の木があったんだ」


外輪山の壁面にも、大島桜だかグミの白い葉だかの塊が春を彩る。


でも、絶対に其処に近づけないところがいい。


人の手の届かない美しさ。


集落にもけっこう島桜の木はあるのだが、他の木や蔦と群生しているので、


一見して桜とは分からない。


そして、それが植えられたものではないということがよく分かる。


ありのままの自然。


ありのままの春の訪れ。


天明の大噴火より前から変わらぬ季節の移ろい。


あえて、というか、手入れをしていないところが実に潔い。








さて、そんな桜も先日からの天気の崩れで、あっという間に花を落としてしまった。


そして、梅雨時のような霧、、、


天気の良い日に撮りに行こう、なんて思っていたが、ほぼ葉桜に模様替えしていた。


自然は思うようにいかない。






1年後、またこの桜を見られる保証はない。






いよいよ明日は始業式。そして、入学式。


今日の練習で号泣してしまった、ピカピカの1年生。


大丈夫。明日は晴れるよ。


人生で二度とはやって来ない日を、またとないハレの日に。










島桜の白と黄緑が、青空によく映える。



青ヶ島には、今年も美しい春が訪れています。









20150320

心の井戸










朝の村内放送で、船便で届いた鶏肉が行方不明になったと流れました。

ダンボール一箱だそうです。青ヶ島です。

約1週間テレビが写っていませんでした、、、が、

その分自分を省みる時間が生まれました。心の井戸掘削中です。





先日体育館に用事があって帰り道。信号を渡ると、地図の前に旅行者が。

あいさつをすると、いろいろ質問されて、話が切れなくて

ちょっといらっとしてしまいました。



なんか興味本位で聞いてくるのが鬱陶しくて、メモ帳にぎっしりなのも感じ悪くて

島のこと知ってるような感じで話されるのが鼻について、、




って、ああこういうの自分もやっているなぁ。。

もうすぐ2年経ちますが、島のことを知っているように語ってしまう僕がいます。




分かったような気になっている、そういうことがあります。

とくに細かいことは関係なく、おおらかに包んでくれることがあります。

ここは踏み込んではいけないな、と感じていることもあります。

むしろ、そういうところが醍醐味。


という訳で、いろんな懐の深さに支えられて、今があるのだな。





「島にいいイメージをもって帰ってもらいたいから」


できるだけ旅行者には愛想よく接しているとは、村の若大将の言葉。


そういう意味では、自分の懐の奥行きのなさが残念でならない。







「八丈には10回ぐらい来たことがあるけど、やっと来れた」



ちょっとメンドくさくても、こういう人も大事にしないといけないなあ。






明日は、島の卒業式です。

この春、15の旅立ちを迎える中学生にとっては、すごく特別な1日です。

島の人々にとっても、大きな意味のある行事です。

そういう空気を直接感じることは、島を知るための重要な要素になるのでしょう。







明日は、本当に素晴らしい1日になるでしょう。

風の薫りが変わってきました。

やっぱり春ですね。

中学を巣立つ教え子たちも、春の薫りを味わいながら、新たなスタートを切ります。

会いにいけないのが歯がゆいですが、卒業おめでとうございます。





















20150308

ただ、会いに行く








いのちを大切にしていますか?



ひきょうなことはしていませんか?



努力をしていますか?









この春、小学校を卒業する君たちは、とても思いやりのある子どもたちでした。


自分よりも友達のことを大事に考えられる、本当に心の優しい子たちでした。


その優しさ故に、悩んだり、傷ついたりすることもありました。


それでも諦めず、手を取り合い、許し、答えの出ない問いと向き合う。


仲間を信じようとする君たちの姿がありました。


みんなで笑い合った時間は、本当に輝くような思い出です。








この春、中学校を卒業する君たちに、小学校1年生で出会い、


人生観や人間性が180°変わったように思います。


誰もが伸びていきたいと望んでいる。誠実に向き合えば、真っ直ぐに返ってくる。


本当に人間らしく過ごし、笑った一年間でした。


君たちに出会っていなかったら、この仕事を辞めていたかもしれない


と、案外本気で思っています。








この春、高校を卒業する君たち。


「毎年が最高なんですよ。」いろいろと息巻いていた僕にくれた一言。


どうでもいいことに拘っていたのは僕だけでした。


自分が小学生の時、こんなクラスだったらいいなと思えるクラスでした。


卒業してからもたくさん連絡をくれたり、会いに来てくれたり、ありがとう。


どこでだって、誰とだって、其処を最高の場所にしてみせます。







もう、成人を迎えた君たちには、謝りたいことがたくさんあります。


でも、会って話した時、意外とそんなこと気にしていなくて、


自分は当時、たくさんの贈り物をもらっていたのだ気付きました。


ぜんぜんお返しできていないことを、未熟さとかで誤魔化すのではなく、


これからも、未来に返していかないといけないよね。


一緒に飲んで、語れる年になりましたね。









もちろん、先生も、保護者の皆様も、地域の方々も、、、、





やっと、気が付きました。



過分な言葉なんかいらないってことをです。



見れば分かります。きみたちの過ごしてきた日々くらい。



だから、



改めて話すことなんて、何もなくなってしまいました。



ただ、ただ、笑みがこぼれてきました。



感謝ってのは、そうした時に湧き上がってくるものなのですね。







そんな自分にできることはやっぱり、



ただ、会いに行く。




そういうことだったのだと思います。





命を大切にして、ひきょうなことをせず、努力を怠らない



そういう人間であります。






9年間の感謝を込めて! ありがとうございました!!