20101001

7時間と無敵の言葉







9月24日(金) 目を覚ますと外は滝のような雨 
どうやら停電もしているようだ 暗闇に響く激しい雨音



”エルネスト・チェ・ゲバラ” 彼についてぼくはまだ何も知らない

映画を見たり小説を読んだり 彼の人生をただなぞったような情報なら持っている
でも彼がなぜ? どのような? 思いや理由で別れの手紙を書き この地を選んだのか

彼はボリビアの民のことを想い 命をかけて夢を追い求めた
レベルは遥かに違うが同じくボリビアの人々のために働こうとしているぼくは
それを知らなくてはならない いや 知る義務がある 
と かっこつけるとそんな感じだが実際は、、

彼が最期に見た景色は空はどんな色だったのだろうか、、それをただ見てみたい

旅を始める理由はいつも そんな感じだ

サンファンの"parada"(停留所)からTRUFIで ヤパカニ経由サンタクルスまで。

"TINKU"(ボリビア隊員による情報紙)の情報は的確だ
歩いて3環まで行くとYUASAの看板の隣にはずらり(というほどでもないが)バス会社が
どうやら着くのが遅かったようで午後の便しか残っておらず 35Bs.でチケットを買う
座席表に名前へ書くように指示されたが そこに席は存在していなかった

バスに乗り込み納得、、
マイクロバスの運転席と助手席の間のスペースに座れ というわけだ

背もたれなし 横によりかかかるところもなし うとうとすることもゆるされない
「いてっ」 ギアチェンジの際 運転手のおっちゃんの手が激しくヒットする


まだ「まし」という言葉は無敵だと思った
背もたれがあるだけまだ「まし」 座れるだけまだ「まし」 天気が薄曇りなだけまだ「まし」
美味しいビールを飲めるだけまだ「まし」 昨日の夜シャワーを浴びれただけまだ「まし」
聞きたい音楽を好きな時に聞けるだけまだ「まし」 写真で好きな景色を切り取れるだけ「まし」
そして、生きているだけで何よりも「まし」だ

これからの暮らしにおいても まだ「まし」という言葉があれば
何があっても何とかやっていけそうだ。。


途中で人や物を乗せたり降ろしたり 
坂道では歩いたほうが早いんじゃないの?というぐらいの
かたつむりのごとき歩みでひた走ること7時間(ちなみに帰りは休憩なしで5時間で)



VALLEGRANDEの町についた時には夜はとっくに更けていた

3 件のコメント:

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  2. まだまし。
    その考え方があれば、辛いことも楽しめそうな気がする。
    さすがだねぇ。

    高地のやなさんより

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  3. 高地のやなさん!
    今はぜんぜん「まし」じゃなくても、あの時に比べたらって感じで楽しめるのかなと思っています。でも想像を絶する体験が今現実に降りかかっていると考えたら、、オルロ最初はちょっとネタにしてすんません。。

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