20111221

今年の一枚





どうも、ご無沙汰しております。

今日も灼熱の炎天下。そしてクリスマス休暇ののんびりとした午後。

全く季節感のない師走が、足早に過ぎ去ろうとしています。





先週末金曜日のフィエスタで一応、今年の活動はやっと一区切り。

今年の一年を象徴しているような、騒々しく、予期せぬ驚きと歓喜に包まれたフィナーレでした。




やりたいことやるためには、削るのは睡眠時間と食事時間だけ。

でもやりたいことをやってる時って、全然苦にならないんですよね。フシギと。






そしてもちろん、元気です!!




心身ともに消耗してるはずなのに、体調をくずす気配も全くなくぴんぴんしております。

髪がのびて、ツマからは「マタヨシいやー」と言われながらも、、もちろん元気です、、!!




日本から持ってきたトレシューが壊れました。

例によって手加減せずボールを蹴って遊んでたら、底が取れてパッカーってなりました。翼くんごめんなさい。。




"El tiene hambre"  

「その靴はハラが減ってる(笑)」



子どもたちはうまいこと言うもんです。

さすがに貧しいと言われる公立校の子供たちでも、底のとれた靴を履いている子は見かけません。

先週末のカンペオナートの最終戦でスパイクが真っ二つに折れたので、わずか1週間で2度目のミラクルです。




母校の小学校でサッカーを教えるようになった10年ほど前に買った一足。

自分の中では子どもたちと関わるシゴトにつき始めた頃から共に成長してきた、いわば戦友のような存在。

サッカーを愉しいと思えるようになったのも、選手を離れたこの頃からでした。

自分の人生を何度か救ってくれたのはサッカーでした。

けっこうぼろくなってきたけど捨てられずにいた一足。

そして、今こうして新たな喜びをもたらしてくれている。



武士の本懐。


彼としても畳の上で死ぬよりもここで死ねたら本望、というところでしょう。








いい一年でした。



まだ、全然冷静に振り返れてませんが、


そんな余韻が残っています。


どれだけのことをやってきたかより、何が残っていくか。それを大事にしていきたい。


光があって、その分色濃く影もあって。そして影がまた光を際立たせて。

でも結局、どちらも一緒なんだと。基本は調和の中にあるのだと。

そういうものって美しく貴いものだと。

要するに、いろいろあったからこそ良かった。つよく、やさしく、なれた。そんな感じです。



2011年のカウントダウンももう始まる頃。

アルバムをひっくり返し、一年を振り返っていきたいと思います。

書きたい手紙も山ほど。


手始めに、「今年の一枚」

どれを選ぼうか、そんな時間も年の瀬の楽しみの一つです。





                     「 さらば、友よ 」 111216_SAN JUAN







☆ 告知です ☆

ギャラリー「空」 第5回web展覧会 「今年の一枚。 ~光と影~」

12月26日(月) 公開予定!!

過去のものはこちらに
 ↓↓↓

第4回「 手紙 」
  
第3回「 笑顔 」 

   
 
第2回「 かなしみ 」
 
 
第1回「 4月7日の空 」
 

20111129

imagine











「 正義は時間も、空間も越えない 」





けど





名曲は、世代も国境も越える





過去、現在、未来




世界中の人々に歌い継がれている、そんな歌




むしろその音に込められている魂は、時間と空間を越えて



人々のココロの奥底に響きわたる





世の中に永遠普遍なものなどきっとないのだろうけど





音楽の力でなら、世界に虹をかけることができるんじゃないだろうか








" El mundo será como uno solo "


世界はいつの日か一つに







サンタクルスに架かった建設中の虹

11.30 いよいよ工事再開!!




20111127

ウィーウィルロックユー









「 配られたカードで勝負しろ 」


砂漠の王子様のブログにあった言葉。



勝負した結果がどう出たとしても、それが今の実力ってことだ。




高橋歩む曰く。


「足踏みしてたって、かかとは減っていく」





ここまで来たら後は、飛ぶしかないぜ






「 笑って過ごすも一生、泣いて過ごすも一生 」(from "aste aste")




人生一度きり。


愉しんだもの勝ち。



どうせなら、幸せ分かち合える道を選ぼう。



Shall we rock with me..?





 




20111120

そうだった








 



そうだった、、


 


なんか気合いが 「入らない」





ではなく、





気合いは 「入れる」 ものだった。






 


そうだった、、





 

なんかやる気に 「ならない」





のではなく






やる気は 「出す」 ものだった。








周りからもたくさんチカラをもらうけれど




スイッチを入れるのはいつだって





自分自身 だった。







僕らはただの詩人ではいけないけど、

歌を詠むヨユウがなければ美しくない。


陽に風に雨に曝されて、少しは味が出てきているといい。

擦り切れたって穴が開いたっていい。



そういうつよさと、しなやかさをもって

自分の姿で示していけばいい。



いろいろと思うところはあるのだけれど、

今はあまりきれいにまとないで、





さあ、始めようか。



 


20111105

あめとむち







どうも、エンコナーダ小学校です。


11月11日のフェリアに向けて、7年生と一緒に準備を進めています。


8年生は保健所とタイアップしての、健康・保健関係の展示を。

7年生は、野菜のダツ先生と共に、2グループで栄養の展示と調理の実演を。

そして残りの生徒は、環境、衛生の2分野3グループに分かれ取り組んでいます。


日本で言えば、いわゆる「総合的な学習の時間」的な位置づけです。

でもここでは、フェリアのための展示作りと、説明の暗記。ということで、

課題はどこの国でも同じなわけです。


特に自分の受け持つ環境チームでは、問題解決型を意識させ、
まず校内を散策することにしました。

「ゴミ箱けっこう使ってるねー」とか、「校庭の隅にけっこうゴミ落ちてるねー」とか、

問題意識を共有することがスタートです。



①みんなで校内を歩き、現状を知る。 

②良ければその理由を、悪ければその原因を考える。

③環境を守る、もしくは改善するためにはどうしたらいいかを考える。


そして、一人一枚ずつ記事の作成。


これははっきり言って挑戦です。




 
さてさて、毎週1~2回のペースでクラスに入っているのですが、中々思うようにはいかないです。

もともと、考えるような学習に慣れてない上に、基本的に学級崩壊ですから、

ぜんぜん思うようには進まない。そして、やらないだけならまだしも

周りをジャマするだけの、とくに男子!!!



 
完全なゆとり教育の弊害です。


 
基本的にやる子はやる、やらない子はやらない。

やりたい子はやる、やりたくない子はやらない。


 
それがフツウで、それが当たり前の世界。

そうやって留年したくないから、最終的には暗記したりカンニングしたり、


それでも留年した子のモチベーションの行き場は、おそらくない。

そして、多くは学校を去っていきます。

ましては、奥地の集落なので学校に対する理解も、勉強することの意味も考えることも、

希薄に感じられることでしょう。

年下に囲まれて真面目にやってられっか、の気持ちも分からなくないが、

スーパーゆとり教育のせいで、完全にだるっだるです。




基本叱ったりすることは避けていたのですが、、でも前回ついにガチで叱ってしまいました。

「何もしないならともかく、
ジャマをするなら教室から出ていけ!」

仲間とこそこそ相談していたので、、

「独りで出ていけ!!」

もう完全に担任教師です。



 
相手はもう完全におっさん体型なので、殴り合いになったらマケでしょう。。

殴られそうになったらひざを前蹴りして、、なんて考えつつ

言葉はあやしくても真剣に押し切りました。


相談されていた彼が動かなかったことには、成長を感じました。



 
あぁ、本気でクラスと向き合うと、こういう場面も出てくるのだなぁ

何だか日本にいた頃を思い出しました。



ところで、

担任的に動いていると、どうしてもさぼったり態度のワルイ子に目が行きがちですが、

全体をよく眺めると、真面目にやっている子もたくさんいるし、宿題にして家でやってきている子もいるのです。

ソーラン節だって、授業の後に練習しています。自主的に。




この子たちはかなり早い段階から家でも作業を進めていて、「いいねぇ」の言葉に

「ありがとう!」と嬉しそうにはにかみます。

JICAから借りた、"BUENA SALUD"活用していますよー!






 

結局、彼は教室から出て行きませんでした。

何も作業をしない彼にとっても、教室とはやっぱりそういうものなのでしょう。



 

帰り間際に、「自分の分担はどうした?」の問いに

「家にある」「忘れた」「色をぬるだけ」、、、多分うそです。

家に取りに帰らせようと思ったけどやめました。

「次はちゃんと持って来いよ!」


 
多分持ってこないでしょうが、その時は許してチャンスを与える。

 もし意地で完成させて持ってきたら、100倍ほめる。



それにみんなの前で言わない方が良かったかな、の反省もありました。

でも言うべきことはいうべきかなと。もやもやしていましたが、


 

帰りの乗り合いタクシーを待っているときに、バイクに乗った彼が通りかかりました。

こっちへ来い~と呼んで笑顔で、コーラを一杯インビート(おごる)しました。

こちらが思うほど、たぶん気にしていない。

だとしたら、また水を注ぎ直せばいい。


真ん中後ろの歯を見せて笑っているのが、おっさん体型の彼です。



これは一つの挑戦です。

目的は、展示を完成させることだけではない、ということを忘れずに。


あめと、むち。

やさしさと、きびしさ。

だるっだるな時間はいらない。真剣な時間が欲しい。


本当の楽しさってのは、真剣に何かをやった時に得られるもんなんだぜ。




フェリアまであと1週間。ボリビアの底力を期待して。。

やるときは、やる



10月21日(金)

3年生のサラ先生が、産休から戻ってくるということで

久々にクラスを訪れてみました。

前回来た時に、驚いたのですが、、


オブレロ小学校、新校舎完成!!、、してました。



改めて眺めると、やっぱりすごいですね。。

今年3月の時点で、基礎は完成していましたが、

ボリビアの建築事情を考えると、異例の早さと言えるでしょうか。

3年前から、ずっと申請し続けていたそうです。



やるときは、やる!!



すごいです!普段フロホといわれるボリビアの底力です。

突貫工事での完成です。周りの景色からはかなり浮きまくってます。。


ちなみに日本で勤めていた学校で、学級目標を

「やるときは、やるクラス」にしていた伝説の先輩がいました。

自分の人生で出逢った史上、3本の指に入るオオモノです。ちなみにあだ名は、マックスです。

「やらないときは、やらないクラス!?」という周囲のつっこみ。。まじ尊敬です、、!!





大統領の顔写真付きはオヤクソク



 
そして、20教室近く新築しておきながら、各学年20人程度のオブレロ小学校

旧校舎も使っているので、稼働率は20%程度

税金の使い方ってのは、万国共通でムズカシイものです。


 

中心地の公立校との、スムーズな統合を望みます。



さて、3年生教室。







環境は人を、、なんて言いますが、教室も新しくなり先生も復帰し、

よっしゃー勉強してやるぞー!って意気込みが見事に伝わってきます。

ちなみに以前は


 
幼稚園と隣り合わせでしたねー超劇的な変化です。

広すぎて、逆に落ち着かない感じです。



奥に移っているサラ先生は、出産後2ヶ月で復帰。

赤ちゃんは?の質問に

「 だいぶ大きくなった 」とのこと。

数日後にコリセオ(サッカー場)に赤ちゃんを連れてきていたので初対面。

若干泣かれそうだったので近づけませんでした。。

赤ちゃんいいですね。名前を聞いたけど忘れてしまいました。




さて、帰り道にメリッサ、ルイサ、カミラの3人にせがまれ撮影大会。

カミラは先生が休みの間、学校に行っていませんでした。

町で会った時に聞いたら「弟妹の世話をしている」とか言っていましたが、、

こうやって、学校にいるところを見ると代わりの先生と合わなかったということでしょう。


そんなんで簡単に学校休むなよー!

ていうか、休ませるなよー! のボリビア。


就学率ほぼ100%の裏側については、後々書きたいと思います。




20111026

ぽい一日









写真のサイズでかくしてみました。


ちょっと、今さら感ありますが、、


自分のパソコンはサイズが小さいので、これくらいが程よいですね。





で、今日もいい一日でした。



今日も、たくさんの人に逢いました。



今日も、いい風吹きました。




ロス・アンデス小学校の複式学級で算数2コマ

たった3回目ですが、積み重ねが生きている感じです。

年度初めから入っていたら、きっともっとすごいことになっていたかもしれません。




まだまだ、式を立てるというところは厳しいところはありますが、

計算の訓練ではなく、考えさせるところに重点を置いて指導し続けること

具体物を用意し視覚的に示したり、操作活動を取り入れること

①今日の目標→②前時の学習内容→③学習課題(問題、計算、答え)→④まとめ

と、いった学習の流れを指導者が意図すること


巡回指導は、毎時間授業が用意されていないけれど

自分から開拓していけば、やる気のある先生と出逢うことができる


そういう点では、教育委員会配属も悪くないなぁと思っています。



よくも、悪くも自分次第、というところがいい。




教材を100用意しても、50も使わないのは当たり前。

うまくいかなかったことは、100しか用意できなかった自分の責任。

今日は、もうちょっと準備すればもっといけた。


自分の想像よりも子供たちががんばった。

そういういい意味での裏切りは、嬉しい。




先生と教材や今後の予定について話したり、

やたら甘いイチゴ味のソーダを飲んだり、

子どもたちと一緒に折り紙で遊んだり、

子犬の数を数えたり(5匹)、

昼ごはんをごちそうになったり、

ガードレールに座って車を待っていたり、

そろそろ繁殖期の蚊に狙われたり、、、





協力隊っぽい。すごく”ぽい”一日でした。




半年後にはやっぱり、今見ている景色を思い出すのでしょうか。





” ¡Hasta el jueves! ”


次は、来週の木曜日に、スペシャル教室をやろうということになりました。

僭越ながら最大限、期待に応えてやろうと思います。





今日は、データを持ってくるのを忘れたので、、

8月に撮ったウユニの写真です。



今どんな場所で、どんな時間を過ごしていたとしても、

今日も変わらず宙色の風が世界を染めている。

そういう心の風景をいくつもっているか、

それが、ココロの豊かさでもあると思う。




水浴びする豚の鳴き声が聞こえる、ロス・アンデス

そういう景色もまた、ココロの風景となるのでしょう


20111025

一年前の「出逢い」に






1年前の自分は、どんな道を歩いていたのか

どんな方向を向いて歩いていたのか



今、後ろを振り返った時

そこに道はできているのか





1年前に書きかけた、ブログの下書きに

1年後の10月24日、新しく文章を綴ってみる






タイトルは、 「 出逢い 」



そして早朝、バジェグランデの町を散策して撮ったこの写真





このタイトルと、この写真で

1年前の自分は

どんな言葉を紡ごうとしていたのか、、





でも、実際それを探ることにはたいした価値はないのだろう





最も重要なのは

今、自分がどうあるか

何を感じ、何に向かって歩んでいるか




今のすがたが、過去の自分を証明する唯一の手段だ

昔はすごかった的なヤンキー話ほど、つまらないものはない



じゃあ、今あなたはどうなの、、?





逆に、今おもしろい人は、どんな過去を経てきたのか興味がある

きっと、そういう順番だろう





 「 未来とは、今 」(blog ”aste aste”より)


バングラディシュのSaekoが、誕生日にお母さんからもらった言葉だそうだ

ステキな母上です

そして、そういう想いを受けて生きる娘も、輝いていることでしょう

(気に入ったので勝手に引用させてもらいました、ナマステ!)







過去は今であり、今は未来

だとしたら何をしたらいいかは、はっきりしている





とはいえ、隊員総会の延期から早1ヶ月、



本業に専念!と、言いながらもなんだかもやもーや過ごした1ヶ月

そして大きな発表会を終えて、今年度も残すところ1ヶ月を切った





そんな俺に、このペリートは語りかけているのかもしれない、





「 くすぶってんじゃねぇぞー 」





そして、


「 最近シエスタ長過ぎんじゃねーか 」





とか、


「 日本へのおみやげとか考えて、ヤパカニとか行ってんじゃねーぞ 」





そう、おっしゃられているような気がしてならないのです



そういう、真心のある喝です



大変ありがたい



ラパスのJUNさん言うところの、24時間営業のスーパー的でない「やさしさ」です







来週、1コマもらって国際協力の授業をすることになった

来年度に向けて、算数の初期指導のタジェールを開くことになった

そういう提案に快く賛同してくれることは、活動の成果といってよい







世界中に散らばる仲間や、ボリビアにいる先輩や、日本にいる先輩からも


ココロある言葉をもらう


そういう出逢いが、自分を”向上”させてくれているのだと感じる




今、いい風が吹いてきているのなら、

自分の心に、その風をもっと吹かせたい

自分の魂に、もっともっといい風を吹かせたい


それだけはきっと、間違いなく人生の財産になる


そして、今しかできないこと






明日は、高校とオブレロ小学校に寄ってから、集落の分校へ

明日はどんな風が吹くのだろうか






20111023

帰るべき場所







先日、配属先の小学校の校長先生から、妻に電話があった。

来年の人事についてだ。


自分の口から直接伝えた方が良かろうということで、連休明けの朝の時間をねらい日本へ電話をかけることにした。



青年海外協力隊には、元の職場に籍を置いたまま活動に参加し、
帰国後には復帰できる現職派遣という制度がある。

僕の場合は公立校の教師なので、東京都の公務員として籍を置いたままでの協力隊参加ということになる。


東京都の現職教員応募資格の一つは、経験年数5年間以上。

つまり6年目の春に願書を書き、書類審査や試験等の諸々の選考を得て最短で7年目の春から訓練に参加ということになる。


現在の制度では1校での勤務年数は3~6年。

3年目から他校への異動の権利を得ることができ、特別な事情を除いては6年を過ぎると自動的に転勤ということになる。

つまり、6年間を経た僕は自動的に異動の対象になるわけだが、、



来年の4月から、他の学校で先生をやるのか。

それとも、元いた学校で先生をやるのか。


そういう選択肢を提示してくれることがまず、あたたかい。



一つの学校に、しかも初任校に長く留まるということの弊害も多い。

6年プラス2年間の協力隊活動、ということは9年目ということになる。

初任校で10年という伝説の男を知っているが、今の制度ではそれは超レアケースだ。


いずれにせよ、荷物は段ボール2箱半にまとめてきた。旅立つ準備はできている。



実際残るにしても、本人と校長の願い+特別な事情を込めた申請書類を提出し、後は上の判断ということになるのだが。


この2年間の経験は日本に返したいと思っている。

日本の教育から、日本を元気にしたい。

願わくばそれが、自分の母校。6年間勤めたその学校であればそれがベストだ。


今までの教え子たちの弟や妹たちにこそ、返してあげたい。そういう気持ちも強い。

最初にもった6年生は、今年から大学生に。

次にもった6年生は、来年から高校生に。

最後にもった学級は、来年から中学生に。


彼らがいつでも戻ってこれるような、

いつ戻ってきても変わらず迎えてあげられるような、

後1年は、そういう場所を作ってあげたい。

彼らがいつでも帰ってこられるような場所を。



自分が公立校にこだわる理由の一つはそこだ。


地元に帰れば、学校があり、仲間がいる。

そういう、いつでも帰るべき場所を。




この先のぼんやりとした人生のプランはある。

でも、それは日本に帰ってから妻とゆっくりと話し合ってから決めたい。



人事のことについては公の場で書くことは憚れるので、、

ただ、校長先生には一言。


「来年も一緒に働きたい」と、だけ伝えた。




自分が一つの場所にそんな長居できる人間だとは思わなかった。

シゴトもガッコウも、同じ場所に通い続けるのは苦手だった。
絶えず新しい環境に身を置きたい。そう考えていた。

最長は、小学生時代の6年間だろうか。。

自分は学校が好きなんだな、きっと。


帰るべき場所は、いつだって変わらずそこにある。




22-1の派遣期間もあと8ヶ月。

現職組はあと5ヶ月。

皆さんはどんな未来を描いていますか、、??

20111008

ずっとトモダッチ






マブダチの証、チャリの2ケツ


日本にいるダチに会いたくなった

それぞれ、夢を追いかけたり、結婚したり

近かったり、遠かったり

いろいろな人生を歩んでいるけど

オレらはいつだって

暗くなるまでボールを追いかけてた、あの頃に戻れる

そういう、一生のトモダチだ


こういうことは気恥ずかしくて言えなかったけど

どちらかと言えば、かなり疎遠にしていた方だけど

そういうとこちゃんとしてこうと思う

ちなみに、ダッチ(本名アダチ)というダチもいる


昔からの仲間

新しくできた仲間

そういうつながりを、ずっと大切にしていきたい

おっさんになっても、くだらないことで笑い合っていたい

心にいつだって、いい風を吹かせたい



最近、写真を撮ることに少し食傷気味だったが、

やっぱりこういう時間を切り取れる、というのはいい

ナイス笑顔ー^

ていうか少年。今、授業中だろー

この後、プラサでアイス食ってたし

でも、そういうのダイジ




幸せ、逆セタ







約1年前に幼稚園のブランコで出逢ったこの子たちとは、今ではすっかり仲良しだ。


「 まもる 」(2010/09/21)


結局、学校の向かいに住んでいたその姉妹とはあっけなく再会をすることになる。


お姉ちゃんのマリリンは中心地の公立校に通う小学校3年生だ。そのクラスへは頻繁に通うようになったので、かなり親しくなった。恥ずかしそうにする仕草は相変わらずだが、姿を見かけると必ず声をかけ駆け寄ってきてくれるのが嬉しい。


そして、もう一人幼稚園年長組のフェルナンダ。髪の毛はお父さんの色をもらったんだろう。お姉ちゃんに輪をかけて、いつも全力で突撃してくる。幼稚園に何回か行った時に印象に残っていたが、まさか姉妹だったとは、、


妹(その時は、妹か弟か自信がなかった、、)のゴルダ(おそらくあだ名「太っている子」)は、今年やっと幼稚園に上がったばかり。女の子っぽいかっこをしているが非常に腕白な女の子。今日は床に寝ながら、文字通り笑い転げていた。



1年前に比べると、若干大きくなったように感じる。

でも大きくなったのは彼女たちだけじゃなく、自分自身かもしれない。




マリリンはクラスのレイナ(ミスコン代表)に選ばれるなど、実はかなり女子力の強い子だということ。

サッカーの試合の後にみんなでだべる売店の主、ドン・ミンチョの孫たちであること。

お母さんが学校で軽食やジュースを販売しているので、毎日それを手伝っていること。

タクシー運転手のお父さんと共稼ぎなので、けっこう買い食いしたりおしゃれ小物なんか持っていたりする余裕があること。



そして、彼女たちは勝手に同情されたり感傷的に思われたりするような生活は送っていないということ。


やっぱりここでもそう。

たくさんの家族や親せき、犬や猫に囲まれて、毎日ハッピーにくらしているのです。


何だか、”まもる”なんて感じじゃなく、共に笑い合っている感覚。幸せのおすそ分けをしてもらっている感じ。




GNI(国民総所得)が日本の30分の1のボリビア。

経済的なものさしだけでは測れない、幸せの尺度。

現実を見る、そして受け入れるというただそれだけのことなのですが、ハッピーなこともアンラッキーなことも見据える。そういういうことで視野が広がっていくのかなと思う。


それは初めからそこに在ったもの。

自分がただそれに気付いただけのこと。

そういうことなんだろうな。



幸せをまたサガセタ喜び。





今日はお母さんの誕生日。



活動を終えて事務所へ向かう帰り道、近くを通りかかるといつもの「折り紙作って」「絵を書いて」のくれくれ攻撃にあうので、今日はお母さんへのプレゼントを作ろうということになった。


妹たちは自分がもらいたいということで頭が一杯だったけど、お姉ちゃんは黙々とがんばっていました。

おみやげを確保することに必死な妹たちをなだめて、何とかお母さんへのプレゼントを完成させる。

最後にメッセージと名前を書こうとするが、ここで字が書けないことに気付く。

自分の名前すら書くことが難しい。

お手本を書いてあげたり、なぞり書きをしたり、そこはいつの間にか青空教室になっていた。

最後まで"Feliz Cumpleaños"(誕生日おめでとう)の"Z"(セタ)が逆になっていたけど、フェルナンダは満足気だ。

お母さんの元へ駆け寄り、記念撮影。


そういえば久しぶりに写真撮ったな。


幸せの花を共にサカセタ喜び。




日本でも小学1年生でひらがなを習うということになっているが、実際は既にマスターしている子が多いし、少なくとも自分の名前だけは書ける、というのがほとんどだ。

成人識字率が、90%と言われるボリビア。(「ユニセフ白書2009」)

家庭でのサポートを、日本のように期待することは難しい。

みんなが当たり前に字を読んだり書いたりできる国はやっぱりすごい、と感心してしまう。

でもその一方で、シゴトが終わった後、休みの日に駆けつけ、子どもたちのために気持ちよく汗を流してくれるような、そんなサポートは日本にあるだろうか。

日本だったらもっと段取りや根回しが必要だろう。

その数字はきっと逆転するにちがいない。

でもだからこそ、ムリだと決めつけるのではなく、日本にだってちゃんと在るそれを見据えて共に築いていけばいい。



何はともあれ今夜は、いつも家族のために頑張ってくれているお母さんに精一杯の祝福を、、!

それはキミタチではなく、お母さんへのプレゼントなんだからね、、!!