「 世界の終わりと、特に相関関係のない顔はめボード 」Ushuaia, Argentina 11/01/12
ウシュアイア名物、でもないよく判らないエイリアン的生物の顔はめボード。
同じような光景を淡路島で目撃したことがあるが、非常に切ないものである。
「 もっとちゃんと笑いなさい 」
そう叱咤する母親。照れる姉。そして対照的に無邪気な弟。
子どもの心情を思うと何ともやるせない気持ちになる。
飾られた景色の中でちゃんと笑うなんて芸当は、もっとオトナになってからでいい。
ていうか、もっとちゃんと笑えるようになんてならなくていい。
感じたことを感じたように表現できるようになればいい。
写真の親子は笑っていた。そりゃ楽しかったら笑うさ。
笑え、と言われて笑うものではない。
" Fin del Mundo "
英語で表すと、" World End "
それが、" Ushuaia "(ウシュアイア)だ。
ここ、はアルゼンチン最南端に位置する町で、同時に
世界で最南端に存在する都市でもある。
世界地図で見て、アルゼンチンの一番下の方のぎざぎざしているところ。
尤もそれより小さな村はいくつか点在しているのだが、
「町」としての体裁を成しているどうか等々、いろいろと基準があるようだ。
町の見所としては、
世界の終わりに来てかーらーの、エイリアン、、を筆頭に、
マゼランが通過した海峡をめぐる船旅、ビーグル水道ツアーなんてのが有名だ。
最果ての灯台、海鳥島、あざらし島といった近場を巡る3時間コースで150ARS(約3000円)
さらにペンギン島やハルベルトン村(Est. Harberton)まで足を延ばす6時間コースで300ARS(約6000円)
+船TAXで7ARS(約14円)
陸路で炎の大地("Tierra del Fuego")を走りハルベルトン村まで行って、そこからペンギン島へ上陸なんてツアー350~900ARS(約7000~18000円)+国立公園入場料45ARS(約900円)もあったけど、ハイシーズンだけあって予約状況はかなりきびしい。
他にも町の東側にある国立公園内には「世界の果て鉄道(Tren del Fin del Mundo)」150ARS(約3000円)なんてのも走っていて、この一帯もパタゴニアの手つかずの自然が残されている風光明媚なところである。入園料85ARS(1700円)はもちろん別途。
そして南極旅行なんて張り紙も、町のいたるところ(本当に普通の商店の軒先にも)で目にすることができる。何故かドル表記の3000~4000$(約24~32万円)円高バンザイ!
しかしまたしても金、金、金、、まるで”世界の果てランド”だ。
1月11日(水)
さてさて、ウシュアイアです。
空港に到着したのが午後5時頃。
町までは10kmないということで、歩くことにした。
空港を出て少し歩くと、そこが町を見下ろす高台にあることが分かる。
眼下にはウシュアイアの町が広がります。けっこう大きい町だ。
湾に沿って町が広がり、その背後には雪を冠した山並みが広がる。
前と後ろに海が見えるので、どうやらここは半島の上にある高台のようだ。
海と雪山の取り合わせがたいへん美しい。
結果的に、ここが町の中で一番景色のよい場所だったのだと思う。
坂道を下って行くので1時間ちょっとで市街地に辿り着くことができた。
小ぎれいなアウトドアショップ、旅行代理店、レストランが軒を連ねる。
予想通り、結構な感じの都会だ。
さて、この町に果てらしさを見つけたいなぁと町を歩いてみるものの、さすがアルゼンチン、洗練されている。隙がない。
夜も9時近くお店もちょうど閉まる頃だったので、スーパーで夕飯の食材を買い込むことに。
物価が高いと聞いていたが、スーパーで玉ねぎとじゃがいも、トマトペースト、オレンジジュースを買ったら、13ARS(約260円)。これでお腹いっぱいになれるのだから幸せなものだ。
調理場付きのドミトリーの存在は旅人にはありがたい。
日本にもゲストハウスがもっとたくさんあったら、旅のスタイルは変わるだろうに。
あったらいいなは実現させるためにある。よし、夢の一つに。
買い物帰りに近所の子供たちと遊んでいたら、そこのお母さんが出てきていろいろと立ち話をした。
「韓国人、中国人はよく見かけるが、日本人はめったにいない」「1家族だけ住んでいる」
「学校はあまりよくない」「私立と公立の格差がある」
「夜は22~23時に日が沈む」「朝日は3~4時」
「冬は10~11時ごろに日が昇って、15~16時には暗くなる」
子どもが全部で6人いて幸せだと言っていたが、それ以上に旦那が3人目で「たくさんの人から愛をもらって生きてきた」ことが幸せだと語っていた。
道理で子供たちの顔がバラエティーに富んでいる訳だ。
一日のながーい夏や、暗くながーい夜の冬が巡る”世界の終わり”でも、人は変わらぬ営みを続けている。
そしてやっぱり地震の話をされた。世界の果ての住人も日本のことを思っている。
こういう世界中の人たちに、胸を張って伝えられるような今を築いていかなければならい。
それは日本に帰ってからのシゴトだ。かっこよく言い換えたら使命とでもなるだろうか。
さてさて、21時過ぎ頃から夕焼けが始まりかける。
夜も更け時計は22時を過ぎる。
まだ空は明るい。シンジラレナーイ、、
結果的に23時ごろには辺りは夜の帳に包まれたが、それでも空には明るい箇所が残っている。
日本で言ったら、宵の入り。
よくわからないが、地の果てに来たなと実感した。
「 世界の終わりと、沈まぬ太陽 」
明日はその夕陽を追いかけて、行けるところまで歩いてみようと思った。
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