" The grass of your neighbor's is always greener than yours "
( 隣りの芝生は青い )
夏休みの前半、ちょっとだけ出島していました。
内地は暑いですね、、ニュースでは見ていましたが、
ホームで電車を待っているだけなのに、汗が止まりません。
かなりしんどいですが、それは僕の知っていた
「東京の夏」でした。
夜になっても暑い感じとかが、自転車をこぎながら感じる生ぬるい風とかが、
けして心地よくはないのだけれど、
それが、非常に夏らしいです。
八丈島で、協力隊のOB会(という名目で飲む会)がありました。
人口8000を切ったとはいえ、さすが八丈島。
初任校時代の同期、教育委員会、役場の職員から福祉関係、おいしいピザ屋さんまで。
幅広く、「えっ協力隊行ってたんすか?」の出遭いがあります。
同期にいたっては、初任者研修でキャンプファイイヤーとかしてたはずなのに、
10年研修で初めてそれが判りました。隠れJOCVは意外と多いのかもしれません。
そして、大学の先輩後輩並みに打ち解けられるのもいいし、家族、友人、通りすがりの人、
垣根なく楽しめるのがいい。非常に任地に近い感覚です。
さて、そこで語られていた言葉ですが、
「 夜になると、ちゃんとすずしくなるのがいい 」
昼間は、赤道直下の焼けるような日差しがありながらも、
夜になると涼しい風が吹き始める。
家族が友人が家の前に集う、っていうかただ単にぼんやりとすずんでいる。
Buena noche! と声をかけたり、世間話をしたり。
確かに、そんな景色がサンファンにはありました。
不思議なことに、それはどこの任地でも似たようなものだったらしいです。
青ヶ島にも、すずしい風が吹きます。
帰ったその日に、早速サッカーの練習がありました。
自分のやるべきことはもう成した(サッカー関連だけですが)と思える光景が、ありました。
10年前の約束は、果たせたんじゃないか、
というか、サッカーの魅力がそうさせるのでしょう。
お昼は流しそうめんパーティーに呼ばれました。
ZBさんとMさんが伐採してきた立派な竹をくり抜き、そうめん、冷や麦、そばが流れます。
子どもたちにとっては食べ放・飲み放の楽しい時間です。
流し過ぎてだんだん楽しくなくなってくるのもまた、いとおかしです。
流し過ぎてだんだん楽しくなくなってくるのもまた、いとおかしです。
午後は自主的にサッカーを遊びます。
憧れの先輩が島に帰って来て、より一層サッカー熱が高まっているようです。
暗くなるまでボールを追いかける感じ。
自分の子どもの頃と同じ。サンファンの子どもたちと同じ。
そして、それは世界中きっと同じ。
東京の夏は、そこで暮らす人たちにとっては、
もはや末期のディストピア的な環境であるかもしれない。
殺人的な暑さ、ゲリラ豪雨、スモッグ、熱帯夜、、
でも、それすら久々に帰郷する者にとっては、やや感傷的に夏を感じさせるファクターとなる。
それは、南米の真夏のクリスマスに感じる違和感とは対照的な、これじゃなきゃ感。
「夏らしい、夏」だ。
もちろん、都市に戻れば、島の生活を感傷的に振り返ることになるのは明白でしょう。
ユートピアは大抵、隣りの庭にあるのだから。
青ヶ島の碧魅かれて、旅人が訪れる。死ぬまでに一度は訪れたい島。
都会から見れば、青ヶ島こそ失われた楽園なのは間違いない。
不便だと思うことはたまにあるけど、不幸や不運を感じることはない。
たまに、地元で友だちに会ったり、懐かしいラーメンを食べたり、ジュンク堂で立ち読みしたり
、、、したくなる時もあるけど、
ここは、都会にも他の島にもない、ここだけにしかないものがちゃんと残っているから。
協力隊時代に感じていた人生にとって大切なものを、シンプルに数えることができる。
隣りの八丈島には「楽園」という名のピザ屋さんがあります。
都会の味と、世界とつながる扉がそこにはあります。
いつもお世話になっています! 人生を楽しく、美しく、生きよう。
暑中お見舞い申し上げます。
まだまだ暑い日が続きますね。
お体に気を付けて、お過ごしください。
また再開できる日を心待ちにしています。
教室に戻ってきたら、ひまわりが自分の背丈を越えそうなくらい伸びていました。
あまり手をかけ過ぎない方がよくのびるのかな。
または、よそん家の子は育つのが早いか。
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