約1年前に幼稚園のブランコで出逢ったこの子たちとは、今ではすっかり仲良しだ。
「 まもる 」(2010/09/21)
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結局、学校の向かいに住んでいたその姉妹とはあっけなく再会をすることになる。
お姉ちゃんのマリリンは中心地の公立校に通う小学校3年生だ。そのクラスへは頻繁に通うようになったので、かなり親しくなった。恥ずかしそうにする仕草は相変わらずだが、姿を見かけると必ず声をかけ駆け寄ってきてくれるのが嬉しい。
そして、もう一人幼稚園年長組のフェルナンダ。髪の毛はお父さんの色をもらったんだろう。お姉ちゃんに輪をかけて、いつも全力で突撃してくる。幼稚園に何回か行った時に印象に残っていたが、まさか姉妹だったとは、、
妹(その時は、妹か弟か自信がなかった、、)のゴルダ(おそらくあだ名「太っている子」)は、今年やっと幼稚園に上がったばかり。女の子っぽいかっこをしているが非常に腕白な女の子。今日は床に寝ながら、文字通り笑い転げていた。
1年前に比べると、若干大きくなったように感じる。
でも大きくなったのは彼女たちだけじゃなく、自分自身かもしれない。
マリリンはクラスのレイナ(ミスコン代表)に選ばれるなど、実はかなり女子力の強い子だということ。
サッカーの試合の後にみんなでだべる売店の主、ドン・ミンチョの孫たちであること。
お母さんが学校で軽食やジュースを販売しているので、毎日それを手伝っていること。
タクシー運転手のお父さんと共稼ぎなので、けっこう買い食いしたりおしゃれ小物なんか持っていたりする余裕があること。
そして、彼女たちは勝手に同情されたり感傷的に思われたりするような生活は送っていないということ。
やっぱりここでもそう。
たくさんの家族や親せき、犬や猫に囲まれて、毎日ハッピーにくらしているのです。
何だか、”まもる”なんて感じじゃなく、共に笑い合っている感覚。幸せのおすそ分けをしてもらっている感じ。
GNI(国民総所得)が日本の30分の1のボリビア。
経済的なものさしだけでは測れない、幸せの尺度。
現実を見る、そして受け入れるというただそれだけのことなのですが、ハッピーなこともアンラッキーなことも見据える。そういういうことで視野が広がっていくのかなと思う。
それは初めからそこに在ったもの。
自分がただそれに気付いただけのこと。
そういうことなんだろうな。
幸せをまたサガセタ喜び。
今日はお母さんの誕生日。
活動を終えて事務所へ向かう帰り道、近くを通りかかるといつもの「折り紙作って」「絵を書いて」のくれくれ攻撃にあうので、今日はお母さんへのプレゼントを作ろうということになった。
妹たちは自分がもらいたいということで頭が一杯だったけど、お姉ちゃんは黙々とがんばっていました。
おみやげを確保することに必死な妹たちをなだめて、何とかお母さんへのプレゼントを完成させる。
最後にメッセージと名前を書こうとするが、ここで字が書けないことに気付く。
自分の名前すら書くことが難しい。
お手本を書いてあげたり、なぞり書きをしたり、そこはいつの間にか青空教室になっていた。
最後まで"Feliz Cumpleaños"(誕生日おめでとう)の"Z"(セタ)が逆になっていたけど、フェルナンダは満足気だ。
お母さんの元へ駆け寄り、記念撮影。
そういえば久しぶりに写真撮ったな。
幸せの花を共にサカセタ喜び。
日本でも小学1年生でひらがなを習うということになっているが、実際は既にマスターしている子が多いし、少なくとも自分の名前だけは書ける、というのがほとんどだ。
成人識字率が、90%と言われるボリビア。(「ユニセフ白書2009」)
家庭でのサポートを、日本のように期待することは難しい。
みんなが当たり前に字を読んだり書いたりできる国はやっぱりすごい、と感心してしまう。
でもその一方で、シゴトが終わった後、休みの日に駆けつけ、子どもたちのために気持ちよく汗を流してくれるような、そんなサポートは日本にあるだろうか。
日本だったらもっと段取りや根回しが必要だろう。
その数字はきっと逆転するにちがいない。
でもだからこそ、ムリだと決めつけるのではなく、日本にだってちゃんと在るそれを見据えて共に築いていけばいい。
何はともあれ今夜は、いつも家族のために頑張ってくれているお母さんに精一杯の祝福を、、!
それはキミタチではなく、お母さんへのプレゼントなんだからね、、!!
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