20101206

商売敵






しょうばい‐がたき 【 商売敵 】

〔名〕同じ商売で、互いに自家の商売を盛んにしようと競い合う相手。商売上、職業上の競争相手。同業間の競争者。あきないがたき。


どんな品物でも取り扱い、24時間店を開けて休まずに店を開き、
便利さをひたすら追求してきたコンビニエンスストア。
どちらが先に店を開いたのか細かい事情は分からないが、行き過ぎた競争社会の末期的状況の現れがここにはある。

成長のためには、「適度な」競争は必要だとも言える。

ただし過剰な競争は人間の大切な何かを奪い去っていく。
そしてたいてい、それが欠けたことにすら気付かない。

この商売敵の物語はどちらかの廃業によって幕を閉じるのか、それとも正当な成長への試験場として互いの商売の発展に寄与するのか。
ただし客の目から言わせてもらうと、どちらの店に入るかなんて理由はまずない。
どちらもさほど差がない。

東京夜景







平日の夜に出かけることなんて、東京で働いているときはまずなかった。

洗濯だって米を炊くのだって指一本で事足りるし、
移動するためにいつ来るかわからないタクシーを待つこともない。
隙間から入ってくる埃や虫を掃除したり、水のしたたる水道管に一晩中悩まされることもない
快適で便利な暮らし。

その分、自由な時間も増えるはずなのだが、なぜだかいがそしかった。正確には忙しく感じていた。

その「なぜ?」はよく分からないが、おそらく途上国のもつ”豊かさ”と関係があることはまちがいないだろう。経済的な発展とともに我々が失ったもの。

それは「時間」かもしれないし、「人と人との結びつき」かもしれない。

「東京の夜景は残業の明かりでできている」

そう教えてくれた友達がいた。彼はまた都会の夜景の一部となって働いていた。
そして自分もまた東京近郊の夜を照らす明かりの一部となっていたことに気付く。

彼は余暇と創造の関連性についても記していた。

もちろん、シゴトに誇りを持つ職人気質は今でも大事だと思っているが
夜景を楽しむような時間の使い方も悪くないと今では思っている。

コンビニの隣りにコンビニがあるなんて、、資本主義の末期的な状況。
余剰時間をさらなる成長に費やした、その競争の果てにあるものは、、

経済的な成長と、こういった”豊かさ”を両立できたとしたら、それって最高に幸せだと思う。
KTC統括の吉水さんが書いていた言葉。

「発展(経済)と幸せの両立」

それこそが、これからの日本が目指すべき道なんじゃなかろうか。

今までは何となくきれいだな、としか思えなかった夜景。
今はなおさら労りと愛しさがわいてくる。

そんなに頑張り過ぎなくていいよ。

世界には様々な幸せのかたちがあるんだということを学んで帰りたい。

その明かりをともす何千何万ものハタラク人たちへ「お疲れ様!」

そして何よりも誰よりも、隣りにいるあなたへ「お疲れ様!」

墓守り猫の欠伸






妻が仕事にでかけた後、朝の町を散歩してみる。



狭い路地。家の前を掃く人々の姿。人気のない横断歩道。色づき始めた木々。のら猫のあくび。

朝の何気ないゴミ出しの風景や横断歩道でゆっくり止まる車。
あぁここは日本なのだなとみょうに感傷的な気持ちになる。
そして何だか全てが輝いて、愛おしくて、
実際特別なことなんて何一つ起きていないのだけど。

入谷から鴬谷の駅の脇を通って上野公園まで。
途中、谷中霊園に足を伸ばしてみる。
ここだけ時間が止まったよう。
たくさんの鳥の声が聞こえる。なんだボリビアと変わらないんだな。
潔く落ちた椿の花が秋の彩りの中で存在感を示している。

墓の脇にある平らな石の上で転寝をしていた猫が、見慣れぬ侵入者の存在を認めると
そのずんぐりした身体をゆっくりと起こし、のそのそと近づいてくる。
ここが飼い主の墓所なのか、それともただ日当たりがいいから居座っているだけなのか。
墓の前に座ると、大きなあくびを一つ。

働いている時は気付かなかったけれど、こんなに穏やかな時間が流れていたんだな。
いつもは自転車で駆け抜けていただけだったけれど、こんな当たり前の時間があった事に気付くことすらなかった。8時までには必ず職員室の扉を開けてきた6年間。

歩道橋から眺めた山手線にはたくさんの顔が見えた。
彼らはきっとこの時間に墓地で野良ネコが気だるそうにあくびをしていることなんて知らない。




旅人目線で眺める東京。

ふいに徳川慶喜の墓に出遭う。
大河ドラマの影響でここにも大挙して人々が訪れたに違いない。
今はひっそりと誰を待つでもなくただそこに。
大政奉還後の日本を眺めたように、
新しい価値への転換をせまられる日本の未来を、ただそこで眺めている。

20101108

日付変更せえへん








11月3日(金)4:00AM SAN JUANを出発。



朝の飛行機でMIAMI着。そのまま空港で夜を明かし、DALLAS経由で成田へ。


11月4日(土)到着、のはずだった。自分の頭の中では、、
でも実際、成田に着いたのは5日(日)。
そういえば日付変更線の上を飛んでたよな。。

妻は1日空港で待ちぼうけ。。
ただやさしく迎えてくれた妻に改めて感謝と尊敬の念を。

問題の日付変更線を空から撮影。国境線同様に何も見えないわけだが、
もしこの線がなかったらタイムスリップできちゃうわけだからあなどれない。
ボリビア時間で換算すると往きは約50時間、帰りは約30時間かかったことになる。
今が何時なのか、何ご飯たべたのか頭がこんがらがってくる。

隣りの席のアメリカ人と話す時、スペイン語がついつい出てくる。
でも"sister"を思い出せなかったのはちょっと深刻だ。。

きっと2年間の任期を終えて、みんなが帰国する時には似たような経験をすることだろう。
その時は、環境の変化と自分の変化を感じられたらいい。もちろんいいイミで。

なんてことはともかく、、連絡がなくて不安になった妻がかけた電話に母が一言。




「うちは帰ってくるときが帰るときだから」


さすがよく分かってらっしゃる!でも、心配かけてごめん!

東京日和






厳しい猛暑におそわれた東京も11月に入りぐっと冷え込み
やっと秋らしくなってきたそうだ
そして休む間もなく冬支度を始める晩秋の街並み

鮮やかな落葉が秋の深まりを感じさせる散歩道
真夏に日焼けたカラダをやさしく包むような穏やかで柔らかい秋の日差し
日本の秋ってやっぱり好きだなぁ

日本を離れてわずか4ヶ月
長野での研修が始まったのがその約2ヶ月前だから
実際にはたった半年ぐらいしか経ってはいない

ウラシマタロウって感じでもないが、、でも

目に見える景色がすべてたまらなく愛おしくて
懐かしさにあふれているのはなぜだろう、、?

本来ならば任期の途中で戻ってくるべきではないのだろうが
縁があって今、こうして東京を歩くことができる喜び
まるで外国人旅行者のような目線でこの町を眺めることができる
貴重な一週間を存分に味わいたい


今週末、妹が結婚します。