9月に訪れた台風14号は、文字通りの意味で校舎を破壊した。
8日の朝の光景は忘れられない。
ちょっと早出して、通学路を見渡した後、学校に向かう。
去年の秋、体育館の窓がわられたので
そういうことも起きてくるのかな、、とは思っていたが
北側の、窓という窓が全部われていた。
まずその光景が何を意味するのか、理解することができない。
人はあり得ない現実に出喰わすとりあえず、立ち停まるか苦笑いするか
できることはその程度らしい。
「まじかよ、、」不謹慎だが、ヘラヘラと笑ってしまった。
内部は想像通り、惨憺たるものだった。
粉々になったガラス片を見て、その厚さに驚く。
ワイヤーで補強されているガラスも割れていた。
水族館の中型水槽ぐらいある窓ガラスが粉々に割れ、
風に煽られたブラインドも吹き飛び、
飛び散ったガラス片と吹き込んだスコリアが、水浸しの床を埋め尽くしていた。
壁には無数の傷跡が残り、雨漏りが滴り天井に大きな染みを残していた。
ワイヤーで補強されているガラスも割れていた。
部屋の扉が吹き飛んでいた。
どこからどうすればよいか判らないような、まるで現実感のない状況。
まさに、壊滅って言葉がしっくりとはまる景色。
でも、何とかなる、いや何とかする。
職員だけでなく、行政、村の方々、たまたま別件で取材に訪れていた某テレビ局の人、
みんなで力を合わせて学校をとり戻す。
カメラマンは、被害と復旧作業の様子を熱心に撮影していた。
結局テレビで放送されたのは、しばらく間が空いた後の、
「学校の窓ガラスが割れた」という、
ごくごく事務的なアナウンスのみ。
当事者にならないと解らない、こういう冷たさ。
「80枚損壊」ではあるが、その言葉以上に様々な意味を含む。
地震や津波のそれに比べたらぜんぜんマシだろう。
ただ、その80枚という数字にはたくさんの人の想いが詰まっている。
取材陣も憤っていた。この島までは取材に来ない。ニュースにならない。
でも、きっとそんな壊滅や現実なんて、たくさんころがっている。
イマジンが足りないだけだ。
世界に共感する心。心をやわらかく持たねば。
で、先週。窓ガラスがすべて入れ替えられました。
復旧できてない部屋もありますが、学校は1日休校になっただけで、
通常通り。運動会も無事に実施しました。
人は強い。
でも、自然はもっと強い。
同じような美しさはもう、そこなわれてしまったのだけれど、
前までとは違った、再生された新しい美しさが、
がれきに芽生えた一輪の花のように、
傷だらけの校舎に芽吹き始めているのを感じます。
何度だってやり直せばいい。
折れない心、立ち上がれると信じる心。
破壊と再生を繰り返して、また一年が過ぎていきます。
後日、もっと風が強いとされる体育館(北側の高台にある)に行ってみました。
海側の壁が傷だらけになっていました。
排気口のような所がぼっこぼっこになっていたので、そこに
落ちていた大きめのスコリアを思いっきり投げつけてみました。
が、、、全く手応えなく弾き返されてしまいました。
どれだけの勢いで吹き付けたんだろう、、まさに凶器です。