2月25日(土)
8:00~ サグラド・コラソン小学校にて、南中ソーラン節の練習
最初3名が徐々に増えて、20人ほどで練習。
バンダの練習に来ていた午後の部の生徒が「練習はいつか?」と聞いてくる。
やる気は満ちている。
高学年(7・8年生)それも女子のモチベーションが高い。
CDを部屋に忘れる。
体育教師のポマ(”POMA”)先生と2ケツで部屋まで。
彼は最近、僕のことを「センセイ」と呼ぶ。
赴任当初は、彼のクレームのせいでフットサルのリーガに出場できなかったりもした。
そのかれとの2ケツ。活動の成果とは呼び難いが、一つの感慨深い瞬間ではある。
ちなみにあえてか”PUMA”とでっかく尻に印字してあるサッカーパンツをはいていることがある。
9:25~ サンファン学園にて、南中ソーラン節の練習
青年会のまことくん、だーつる隊員で既に闘魂注入中。
他の学校に比べて、完成度がかなり高くてちょっとあせる。
特に日系ではないボリビアの子供たちの意欲が高い。
「そーらん!そーらん!」「どっこいしょー」
楽しんで踊っているのが良い。先生方からも同様の感想をいただいた。
学園の先生から、子供たちのために授業をやって欲しいというオファーを受ける。
一緒に授業作りから行うなら引き受けると伝える。
教師としての技術移転。それがあくまでも第一目標である。
この期に及んで欲を張る。
11:30~ 農協へ
スコールが降り始める。雨宿り。
ITO商店で文化祭の相談をする。
美藤会より、日本舞踊の演目3つと浴衣の着付けブースの協力を打診。
快く引き受けていただく。
来店された艶子さんからは、和菓子の試食と販売を。
昨年の3.11にまつわる移住地での光景は、忘れ得ぬもののようだ。
3.11の「影」と「光」
その日暮らすのもやっとと言われている現地の人たちも募金していく姿。
そのモチベーション。
その光景を見て思わず涙がにじんだとか。
移民1世の方の言葉は重い。
13:00 帰宅、昼ごはん
14:00 バンドのリハーサルを欠席
山積みの課題と洗濯物を処理していく。
今日も曇天。生乾き。
ねこにえさ。
15:30 なかよし文庫へ。
文化祭の相談。
和食のブースと生け花のブースを快く引き受けてくださる。
「おにぎり体験だけじゃなくて卵焼きや、巻きずしなんかどう?」
「生け花じゃなくてフラワーアレンジメントだったら子どもたちもやりやすいんじゃない?」
アイデアをくださるだけではなく、実際に「やりますよ!」という言葉が尊い。
おにぎりをにぎるという行為は、非常に日本的であり美しい。
ボリビアの子どもたちの心に花を。彼らの情操を一片のうるおいを。
クリスマス会を手伝ってくれたお礼とおっしゃるが、いつだってもらっているのはこちらの方だ。
「ソーラン節を教えてほしい」プラサのところで二人組の女子に声をかけられる。
今朝の練習を見ていたようだ。月曜の12:00から、また同じ場所で、と告げる。
最後の2週間が勝負だ。
17:00~ 青年会の南中ソーラン節の練習に合流
朝から踊っているというのにしごかれる。
でもきもちいい汗だ。この時間が”和”を育む。
18:30~ オフィスへ。CPたちが仕事をしている。
新年度を迎えるにあたり、教育行政の乱れが現場に混乱を。
それは日本も似ているところがあるが。昨夜も遅くまで
課題処理。
21:00~ CPたち帰る。
元秘書のデリアも来ていた。
PCが不調になって以来、久々のツマとのskype
今日は、東京マラソンとのことで同時中継をしてもらう。
帰国後の落ち着き処は、浅草徒歩圏内という驚き!
地球の裏側から、ザ・東京へ。
skype不調。回線が途切れる。
でも顔を見られたので嬉しい。
後にオードリー春日とフルーツポンチ村上を見たとか。
マジメに走ってたらおそらく笑ってしまうかも。
来年は参加型で!!
22:30 帰宅
夕食はソパで済ます。
ソパを食べながら「二十四の瞳」再読。
小さい弟妹を世話をみながら遊ぶ放課後の子供たちの描写や、家の都合での転校等々。
戦前の日本の子どもたちの状況と今のボリビアのそれとの類似性。
課題の続き。
雨が降り出す。今日も夜の雨。
明日の予定に備えて準備。
25:00 寝る。
帰国前ってもっと穏やかに過ごすもんだと思っていた。
いやでも、いつだってそんな感じだったっけかな、、
もう最後だから、、、やるっ!!
町を10m歩けば誰かに声をかけられる。こんな幸せなことはない。
ここに来て、さらにいろいろとつながってきた。
今まで以上にいろいろと頼られる。というか、ここぞとばかりに頼んでくる。
最後まで走りぬく。これは自分らしいのかな、おそらく。
ていうか、今日土曜日だろ。こんな感じの日々徒然。